Honki岩白

2015.10.14政策

参議院・衆議院という両院制

午後から突然の来客がつづき、気が付けば約2時間。。

なかなか思い通りに日程は進みませんね。

市議の性格上、ヨロズ相談窓口的な側面もあり、先に来られた初対面の方は「〇〇の樹木が道路まで飛び出しているから何とかしてくれ」からはじまり、その後話は大きくそれて約50分。

そして先ほど帰られた大先輩世代の方は、「参議院をなくせ!あんなんいらん!」と終始ご興奮されたご様子で、顔面にときおり飛んでくる唾をよけるわけにもいかず、そのまま約1時間(汗)ちなみに私は「参議院は必要」と考えています。

根拠は大きくわけて2つ。1つには、その時代における「民意」というものが、政策決定において常に正しい判断を下すという根拠はどこにもないこと。2つめは、1つめともリンクしますが、そうした意味でも世論と離れたところで「政治」を行う必要があるからです。

民意とは何ぞや?ですが、昨今特に顕著なのはメディア主導の「民意」。

民意というものが、どこか空気的というか気分的であり日和見主義的なところがあるように感じます。

例えば、減りゆくパイの中での社会保障を叫ぶけど、増税には反対するのがその典型でも。

普天間の問題でもそうでしょう。

県外を要求しながら自分の県での受け入れを覚悟している国民などほとんどいません。

基地のみならずゴミ処分場や墓地・火葬場etcにしてもそうでしょう。

ようはNIMBY(ニンビー)なんです。「Not In My Back Yard」(自分の裏庭には来ないで)

時に、民意とは相矛盾する主張を平気で並び立てるものでもあることを、私たち自身が知っておく必要があります。

であるからこそ、民意と距離をとったところで政治を動かす政治家が必要なんだと思うんです。

しかし通常、政治家というのは選挙があります。

選挙ではどうしても国民の直接の声を聞く必要があります。

特に選挙区の声は。

しかし、真に国益を考えるならば、時に地元選挙区における有権者の声に反してでも、国家の将来を考える政治家が必要なんだと思います。

そこで重要な役割を果たすのが「参議院」。

参議院(6年)は衆議院(4年)よりも任期が長く、また解散もありません。

これはある意味で大衆(「大衆」の衆から衆議院となっています)が毛嫌いしている特権でもあるんですが、しかしこの特権があるからこそ参議院は民意に左右されすぎることなく、安定して政治を行うことができることになります。

本来は。。

この両院制という仕組みは一見非効率のように見えるんですが、国を正しく導くにはとても重要な役割を担っていると私は考えます。

国家運営というのは、会社と違って50年100年もてば良いほう、、という短期的なものじゃありません。

何百年・何千年と生き続けなければなりません。

国家政策における判断ミスはそうそう許されるものではないハズです。

だからこそ、ねじれと言われようとも石橋を叩いても渡らないくらいの慎重さが必要なんです。

そうしてはじめて「良識の府」なんですよね。

しかしじゃあ、現在の参議院がその役割を担っているのかと質されれば、私も「そうだ」とは正直言えません。

衆議院のカーボンコピーを早急に正していく必要性を感じています。

また、本来であれば政党政治を参議院に介入させるべきでもないし、大臣を出すべきでもありません。

政争をもちこむ要素は極力排除していくことが求められますし、性質上あたりまえ。

そんな中にあって、参議院・衆議院という両院制のあり方の上において重要なことは、全体主義(*)と接続されやすい民主主義を抑えこむための叡智が詰まってできているということを、不完全な民主主義社会で生活を営む私たちは知っておく必要があることと、そんな大切なものを安易な「不要論」で決して破壊してはならないということなんだと思います。

(*)個人の利益よりも全体の利益が優先し、全体に尽すことによってのみ個人の利益が増進するという前提に基づいた政治体制で、一つのグループが絶対的な政治権力を全体、あるいは人民の名において独占するもの。

参議院の存在意義・役割が、全国民の意識から欠落し、なんとなく全体主義に走りがちな(無関心=そうなりやすいのが政治)現代の政党政治を俯瞰するにあたり、いっそのこと貴族院制度に戻した方がより機能するんじゃないかと思ったりします。

・・・・・私のほうこそ長くなってしまいました。失礼。

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