Honki岩白

2015.10.26その他

一隅を照らす

 

13歳の時、「政治家になりたい」と意識してから26年。

この期間にわが国も広島市も大きく変貌をとげてきましたが、あの頃の政治家が今日の様を正確に見定め、的確な政治判断をしてきたかというと、それは「できなかった」でしょう。

それだけ時代はアメーバの如く動いているんですよね。

しかし時代が変わろうとも、そこで生きる日本人、人さえ変わらなければ国家は安泰です。

私はやはり、国家の最重要政策は「教育」であると確信します。

これは企業でも同じことが言えますが、人材育成こそが最大の資源創造になります。

その為に、私たち社会人は小学生一人に年間で約86万円、中学生一人に約90万円の税コストをかけて義務教育としての投資をおこなっています。

じゃあ、その効果はどうなのか。

大学にしてもそうですが、学ぶ意欲のあるものと、そうでないものとの格差が激しくなっているわが国において、世帯年収問わず、義務教育課程にあっても、意欲あるものが更に学べる環境の整備が求められていると思います。

それを担保できないと、結局はお金がある世帯の子だけ「有名塾」に通い、「教育意識の高い私立」にしかいけない状況を生み、子供たちの機会の平等は損なわれます。

あまねく1億総中流社会の幻想(結果の平等)はそろそろ捨て、真の大競争時代に耐えうる人材の育成を本気で図っていく必要があります。

「一隅を照らす」

という伝教大師(最澄)の言葉があります。

「古人言く、径寸十枚、これ国宝に非ず。一隅を照す、これ則ち国宝なり、と」

伝教大師の『天台法華宗年分学生式』の冒頭に出てくるのがこの一文だそうです。これは次の中国の故事に由来しています。

むかし、魏王が言った。

「私の国には直径一寸の玉が十枚あって、車の前後を照らす。これが国の宝だ」。

すると、斉王が答えた。

「私の国にはそんな玉はない。だが、それぞれの一隅をしっかり守っている人材がいる。それぞれが自分の守る一隅を照らせば、車の前後どころか、千里を照らす。これこそ国の宝だ」と。

国にとっての宝は金銀財宝ではありません。

ひとつの持ち場をしっかり守る人、その一人一人こそが国の宝であり、その育成を怠る国家は自ずと自壊することは歴史が証明しています。

国家の分水嶺にある今日にあって、国会議員であれ、地方議員であれ、もはや地域のイベントや支援組織とあらゆるところでヘラヘラ笑いながら、所謂「媚びへつらう」ばかりの議員はもはや国益にも市民益にもなりません。

と同時に、「我田引水」のみを求める支援団体や地域の有権者も意識を変えていくことが希求されます。

あと何年、私は政治家をさせてもらっているかは分かりませんが、この国の、広島市の一隅を守り、照らすことができる国民市民として、国家や行政が何をしてくれるかではなく、何ができるかの視点に立って、この身と人生を捧げていく覚悟です。

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