Honki岩白

2016.02.11その他

神話より学ぶ日本

紀元節の今日、朝から関連する複数の行事に出席しています。

神武天皇が即位された日を、日本の建国された日として祝うことは、戦後占領軍の意向で祝日ではなくなりましたが、その後、紀元節を復活させようという動きが高まり、反対する動きを抑え建国を記念するための祝日となりました。

改めて、先人たちに感謝です!と同時に、私は神話教育の必要性を感じています。神話を学ばなければ、日本の歴史の背骨が分からないからです。

一例として、上智大学の渡部昇一先生が書かれている文章をご紹介します。

『たとえば、藤原氏と天皇家との関係である。ご存じのように、藤原氏は平安時代に栄華を極め、藤原道長(九六六~一〇二七)のごときは三代の天皇の外祖父(母方の祖父)にもなった。

しかしそれくらいなら「なぜ自分が天皇になってしまわないのか」という疑問が生まれる。その根拠が神話にあるのだ。

藤原家の先祖は、天児屋根命(あめのこやねのみこと)である。天児屋根命は、天照大神(あまてらすおおかみ)が天の岩戸にこもってしまったときに、岩戸の前に祝詞(のりと)をあげた神であり、天孫降臨のときには瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に付き従ってきた神でもある。

つまり、神話の時代から藤原氏は天皇に仕える家であると決まっているのである。その意識があるから、藤原氏の権勢がいかに強大になろうと、自分は天皇になろうとしない。自分の娘を天皇の后(きさき)にするのが精いっぱいなのである。

また、武家として最初に日本を治め、守護・地頭という日本支配の制度を敷いた源頼朝も、ほかの国ならば当然、新しい帝王として君臨するはずだが、日本の場合、そうはならない。

第五十六代清和天皇(在位八五八~八六七)から分かれた源氏(清和源氏)の嫡流である頼朝には、神話時代から続いている皇室の系図に対し、「自分は天皇家の皇子の子孫であるから本家を侵してはならない」という意識が働くからである。

その後の日本の政治の実権を握った足利幕府にも、豊臣秀吉、徳川家康にも、その意識は脈々と引き継がれていくのである。

このように、神話というものがなければ、日本の歴史の背骨にあたる部分は変わっていたはずだ。日本では歴史時代の人々も、神話を意識し、その流れにしたがって行動していた。そのことを忘れてはならない』

毎年感じることですが、建国記念を祝う会場を一歩踏み出せば、建国を祝うムードすらない広島市の街並み。

せめて平和大通り沿いに、写真のように国旗を並べて掲げ、そのムードを醸成させるべきではないかと思っています。

  • 国連アジア太平洋本部の広島市誘致